学力の経済学 | 一般社団法人 中部品質管理協会

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著者、中室牧子氏の専門は、教育経済学という。(教育を経済学の理論、手法を用いて分析する応用経済学の一分野)

教育評論家や子育ての専門家が、「ご褒美で釣ってはいけない」、「ほめ育てはしたほうがよい」、「ゲームをすると暴力的になる」という見解を述べるが、実は、データを用いて明らかにした知見は、それと正反対のものである。教育経済学では、たった一人の個人の体験よりも、個人の体験を大量に観察することによって見出される規則性を重視する。本書の多くの教育方法に関する事例は、そのことをアメリカの学者がやった実験で検証されている。教育政策は、科学的な根拠が必要である。教育政策は、費用対効果を明らかにしてデザインすべきである、というのが著者の主張である。

その教育の因果効果を評価するのが、ランダム化比較実験である。

例えば、少人数学級の因果効果を明らかにするためのランダム化比較実験では、79の学校の約6500人の生徒を、1学級あたり生徒数が13~17人の少人数となる学校群(処置群)と、1学級あたり生徒数が22~25人となる学校群(対照群)にランダムに振り分けて比較したのである。ここで、結果的に少人数を導入した学校群とそうでない学校群を比較調査するのでなく、ランダムに実験して比較しているのがポイントである。例えば、調査では、教育熱心な親が、少人数学級に通わせる可能性が高く、単純に比較ができないからである。すなわち、結果の層別だけでは、評価の対象となる人々が選択することによって生じる属性の偏り、「セレクションバイアス」が入るからである。そもそも素性の違うリンゴとオレンジを比較しても意味がない、と説明している。

統計家にとって、このランダム化比較実験は、いまさらの感がしないでもない。もともとの発想は、実験計画法の祖、フィッシャーの実験の確率化によるもので、田口玄一著「実験計画法(上)」には、薬の治癒効果の実験のやり方として、理論も含めて解説してある。この類の実験は、最近、A/Bテストという名称でも広く紹介されており、統計学が認知されてきた証である。

興味深かったのは、ペリー幼稚園プログラムの結果である。(対象者に対して約40年にわたる追跡調査が行われた。)すなわち、就学前に高い幼児教育を受けたことは、認知能力と呼ぶIQや学力に対して、小学校入学当初は影響があるが、8歳前後で差がなくなる。それに対して、効果は、忍耐力がある、意欲的であるといった人間の気質や性格的な特徴とされる非認知能力の改善に現れてくる。すなわち、非認知能力は、将来の年収、学歴や就業状態などの労働市場における成果に影響することが明らかになった。さらに、非認知能力は「人から学び獲得するものである。」ということもわかったという。

データに基づくエビデンスが重要であることを身近な事例で納得すると共に、企業教育だったらどうなるだろうかと想像した。       (杉山 哲朗)