ファスト&スロー -あなたの意思はどのように決まるか?- | 一般社団法人 中部品質管理協会

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 心理学、特に不確実性下の人間の判断と意思決定に関する研究を経済学に統合したという理由で、行動経済学の分野でノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンによる著書で、2011年の全米ベストセラーになった。
 本書のテーマは、認知的錯覚、すなわち、直感的に信じてしまう認識の誤りのことで、それは直ちに判断、決定の誤りにつながる。
 情報処理や認識をするシステム1は、直感や感情を伴うもので、すばやく努力なしに自動的に発動する。一方、システム2は、熟慮で、システム1の判断をモニターし、必要ならば補完するものであるが、怠け者であるという欠点がある。例えば、システム1では、①SO□Pという単語の□を埋める問を出されたとき、食べるという単語を見たり、聞いたりした後では、SOUPを連想し、洗うと言う単語を見たり、聞いたりした後では、SOAPを連想する(プライミング効果)、②冷凍肉に「90%無脂肪」と表示された方が、「脂肪率10%」と表示された方よりもダイエットによさそうだと感じる(フレーミング効果)、等の誤りがある。システム2は統計や数値に基づくものであるが、これも確率の独立性の忘却(例えば、男、男、男、男の順で生まれる確率も、男、女、女、男の順で生まれる確率も同じ)や、サンプル数が小さいことで、極端なケースが発生しやすくなることで、判断を誤まる恐れがある。
 個人のエラー防止には、チェックリストや会議による組織の力が有効である。
 上下巻38章にわたり、意思決定に関して陥りやすい罠についての事例が満載である。著者が、同僚との交流の中で発想した仮説を調査実験で検証していく話は、面白く、役に立つ事例が多い。私が、特に、気に入ったものを挙げる。
 死亡前死因分析。決定をよく知っている人に集まってもらう。「今が1年後だと想像してください。私たちは、先ほど決めた計画を実行しました。すると大失敗に終わりました。どのように失敗したかを5~10分で、その経過をまとめてください。」と、問いかける。決定の方向性がはっきりしてくると、チームは集団思考に陥りがちになることを克服し、事情をよく知っている人の想像力を望ましい方向に開放できるという、メリットがある。
 燃費の錯覚。A車12MPG(マイル/ガロン)→14MPGに改善。B車30MPG→40MPGに改善。B車の方が効果が大きいといえるだろうか。どちらも10000マイル走行すると仮定すると、A車833Gの使用量→714Gで、119Gの改善。B車333Gの使用量→250Gで、83Gの改善となる。従って、正しくは、1マイルあたりのガロン数(GPM)にしなければならない。(アメリカでは、2013年からの新車にこの方法で表示することになった。)
 他者、世の中の見方、大げさに言えば世界観まで影響を及ぼすような名著であると評価されており、経営者、政策立案者,消費者とあらゆる意志決定に関わる人にお薦めしたい。                 (杉山 哲朗)