逆境経営 | 一般社団法人 中部品質管理協会

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 著者、桜井博志は、山口県岩国市にある「旭酒造」の社長である。父の後を引き継ぎ、売上げを落としていた逆境を克服、純米大吟醸「獺祭(DASSAI)」を開発、美味しい酒造りにこだわり続け、10年間で、売上げを10倍にした体験談である。
 獺祭の獺はカワウソのことで、獺祭は、書物や資料を広げて、詩文を練っている姿の意で、その姿が捕獲した魚を河原に並べるカワウソの習性を思い起こさせることから来ている。「獺祭書屋主人」と号した正岡子規の進取の精神に共鳴して名付けたという。従来の旭富士の銘柄を、獺祭に変更、統一し、ラベルも一新した。
 取り組んだ変革の内容は、「経験と勘」を数値化して「見える化」を図り、杜氏に頼らず、社員で造る科学的な酒造りである。
・酒造りは、杜氏や蔵人の手によって冬場しか造らない、という前例や習慣を打ち破り、社員の手により年中生産する「四季醸造」に切り替えた。
・最高品質の酒を造るため、山田錦を使い、精米歩合23%という極限値を設定した。
・もろみを濾過する工程に遠心分離機を導入、酒母室の恒温化、麹室の改造とコントローラの設置、等々の設備投資によって、人手による作業を機械化し、制御による誤差を減少させた。
・従来、水分含有量は、米の乳白色の色で、人の目視で判断していたのを数値で計算。他にもアルコール度数、日本酒度、アミノ酸度、グルコース度等々、を毎日分析し、時間や温度をどう管理するかを決めることにした。
 酒造りの方法を、数値で落とせるところは数値に落とし、理論解析できるところは解析し、工程を改善。人間にしかできないことを人が判断するようにしたのである。
 さらに、発想の転換とアイディアの創出による絶えざる改善に努めている。
・「四季醸造」では、できなくなった「ひやおろし」(9月頃の殺菌しない日本酒)を、冷蔵庫に保管したものから「夏仕込みしぼりたて」と銘打って発売。
・精米表示をラベル表示以下まで磨いたものを「磨きその先へ」の表示で発売。
・量を知って日本酒を美味しく飲めるようにした、オリジナルグラスの開発。
・日本食文化の一環として、日本酒の美味しさを知ってもらうために、東京に、「獺バー23」を開設。(これは、パリ、ロンドンにも出店する計画)
 日本酒とワインの違いが紹介されている。日本酒の方が、工程が複雑で、一つひとつの工程に繊細な管理が必要である。欧米は多民族で、侵略や奴隷によって、労働力の確保が容易であったため、労働の均質性が保てなかった。従って、ワインは、ブドウの種類や産地によって美味しさが決まる。一方、日本酒は精緻な管理を可能にする労働力に恵まれていたという利点がある。また、日本酒の色、香りと味は、日本人のきれい好きで、細部にこだわる国民性が影響している、と解説されている。
 本書からは、著者の日本酒造りへ高い志と、酒造りの工夫から、これからの日本のものづくりを考える上で、多くのヒントを得ることができる。   (杉山 哲朗)