現場論
平成28年08月
森健二氏が、膨大な参考文献をもとにして、DIAMONDハーバード・ビジネスレビューに連載したものの500ページ余の合本である。経営者、管理者の皆さんに一読をお勧めしたい。
盛田氏は、1993年11月、経団連会長就任を前にして倒れたが、その直前に社内に発したスピーチがある。「今や日本の産業人は、世界一だという錯覚に陥っていることを反省しなければならない。もう一度、謙虚に考えて、目を開く必要があるのではないか。いい技術を持っているし、遅れをとっていないと思うけれども、もう一つ先に何をやらなければならないかを、もう一度考える必要があるのではないか。」これは、今の日本にも、そのままあてはまる言葉である。
ソニーは、昭和22年、井深氏、盛田氏の二人のファウンダーによって「自由闊達にして、愉快なる理想工場」の実現をスローガンに設立された。最近までは、技術、製品開発だけでなく、販売やマーケティング、さらには財務、法務まで、日本の会社の範となってきた。
過去はまた未来を宿し、オリジンに回帰することで、オリジンを越えることも可能になる。盛田氏の歴史を振り返ることで、我々は、多くのことを学ぶことができる。著者は、随所でゴシック体で、盛田氏の教訓を教えてくれている。数多くの金言から、小生が、感銘を受けたものを紹介する。
・手考足思(陶芸家、河井寛次郎氏の言葉)が、盛田氏の経営のキーワードである。マーケティンングの原則に、「買い手の価値判断によって、セールスが成り立つ。」がある。骨董屋で、お客がこれは掘り出し物で、たいしたものには見えないものに、驚くほど高い金を支払っているのを見て、これを理解したという。技術屋から見れば大きな成果だと思っても、本当の価値をお客様に判ってもらえなければ、セールスは成り立たない。大事なのは原価計算ではない。値付けは、企業のフィロッソフィである。
・論理(本質+構造)×情熱(心に訴える)=説得・モチベーション
事業の奥に潜む本質を模索してつかみ、論理的にわかりやすく相手に合わせて説明する。しかも、情熱をもって。だから、人が納得し、自律的に行動できるようになる。
・Don’t trust anybody. 最終責任は、上司が自分でとる。部下に任せるけれども、任せた責任は決して放棄しない。その信頼があるからこそ、人はその人の掌の上で、自分の潜在力まで本気になれる。
・盛田さんは、世界的なモチベーター。目的を明確に示し、やった仕事に対して良いところ、悪いところをきちんと評価し、その上で、こういう風に売っていけるからもう少し頑張れとか、値段はこれくらいに、という提案が必ずある。部下までがその気になって動機付けが循環していく。
・一番大事なターゲットを設定し、制約条件を外して考える。トリニトロンテレビの開発の時、技術のすべてを知り尽くしている開発者に、製造までを任せた。井深流マネジメントでもある。
・経営者の手腕は、その人がいかに大勢の人間を組織し、そこから個々人の最高の能力を引き出し、調和がとれた一つの力に結集しうるかで測られるべきである。
・製造業のトップの重要な仕事は、どの方向に研究開発費を投じるかを決定すること。いかにして、エンジニアの技術、アイディアを製品に使うかである。そして、常に、エンジニアの緊密なネットワークにエネルギーが充満していることに気遣った。
・トップの仕事の大事なことは、いいことを聞くことではない。マネジメントの要諦は、トラブルシューター(問題解決人)であることである。 (杉山 哲朗)